バブル全盛時代は、不動産を所有していれば自然とその価値が上がり、転売するだけでも相当な利益を得ることができました。
しかし、バブル崩壊後の相次ぐ不景気に悩まされる昨今の経済情勢においては、購入時より売却時の不動産価格が値上がりしていることはほとんどありません。
売却対象となる不動産物件周辺の地域開発が進行し、利便性が急に高まったなどの理由で地価が大幅に上昇していれば話は別ですが、たいていは時間と共に不動産の価値は下落します。
そんな時には、税制面での優遇措置を最大限活用して、損失を少しでも少なくするようにしましょう。
不動産売却時に発生する損失「売却損」
不動産売却時には、損失が出る場合もあれば利益が出る場合もあります。まずは、不動産売却時に発生する損失と、それに対する税制面の仕組みについて、概略を見ていきましょう。
不動産を売却した際に出る損失
長年にわたって住んできたマンションや住宅を売却する際は、取得時より売却時の価格が上がっていることは、ほとんど無いと考えて良いでしょう。よほど不動産価値が高騰していれば話は別ですが、購入した際に新築だった場合はもちろん、たいていの場合は損失が発生します。これを売却損と呼びます。
利益が出た場合は住民税と譲渡所得税がかかる
不動産を売却して利益が発生すると、その利益は譲渡所得となります。譲渡所得には、所得税(国税)と住民税(地方税)が課税され、平成23年12月2日から25年間は、復興特別所得税(東日本大震災の復興に必要な財源確保を?的とした税)もかかります。譲渡所得が高額になれば、当然ながら税負担も大きくなり、高く売れたからと言って、手放しで喜んでばかりもいられません。
損失が発生しても、税金の軽減措置を受けられる
売却損が発生したからといっても、「損をした」と悲観することはありません。損失が出たということは、当然ながら売却による収益が発生していないので、その所得に対する所得税や復興特別所得税、そして住民税は発生しないことになります。
そればかりか、現在の税制度下では、不動産を売却した年の、その他所得と相殺して所得税や住民税を減らすことができることになっており、これを損益通算と言います。また、損益通算による税負担の軽減は、売却した年に限ったことではありません。
家の売却に税金はかかるの?税金の種類や計算方法についてわかりやすく解説
費用総額シミュレーターで売却にかかる費用を算出してみよう
以下の費用シミュレーターを使って、あなたの不動産を売ったときにかかる費用を算出してみましょう!
「売却価格」「購入価格」「物件の所有期間」「現在住宅として住んでいるか」をそれぞれ入力し、「費用を算出する」ボタンを押すと、売却時にかかる費用が自動で算出されます。
※購入価格が分からない場合は空欄で大丈夫です。
費用の内訳も表示されますので、まずはどんな費用がいくらかかるのかを把握しておきましょう。
譲渡損失が出た場合に利用できる特例と利用条件
売却損に対する税金の特例制度を利用するにあたっては、一定の条件があります。実際に金額をあてはめながら、詳しく見ていきましょう。
税制面の優遇で不動産取引を活性化
売却した年の所得よりも譲渡損失のほうがはるかに大きくなったために、所得と相殺しきれない場合、翌年以降の所得からも繰り越して差し引ける繰越控除を利用できることがあります。
これが、譲渡損失の繰越控除と呼ばれる特例であり、売却した年と合わせて最長4年間の軽減措置を受けられます。
譲渡損失の特例は、売却損が大きかった場合に特に有効であり、売却損が発生することに対する不安感からの売り控えを抑制します。すなわち、税制面での優遇を設けることにより、不動産売買の市場を刺激する目的があると言えるでしょう。
買い替えの際に利用する譲渡損失の繰越控除
譲渡損失の繰越控除には2つのタイプがあります。そのひとつが、マイホームを買い替えるときに利用できる控除で、これをマイホームの買換えの場合の譲渡損失の損益通算および繰越控除の特例と言います。特例を利用するにはいくつかの条件があるので、詳しく見ていきましょう。
売却する物件の条件
以下は、売却する物件に関する条件です。
|
買換え対象の物件の条件
そして、買換えの対象となる不動産物件の条件は以下のとおりです。
|
買換えではない場合における譲渡損失の繰越控除
もうひとつの譲渡損失の繰越控除は、マイホームの買い替えではない場合に利用できるタイプです。特定居住用財産の譲渡損失の損益通算および繰越控除の特例と呼ばれています。
売却する物件の条件
売却する物件についての条件は、マイホームの買い替えの場合と大きく異なりません。
|
その他の注意事項
翌年に繰り越せる損失の金額は、ローンの残債から売却物件の売却価額を差し引いた額に限られます。また、合計所得金額についても、3,000万円以下という制限があります。なお、住宅ローンの対象となるマイホームに住んでいないことになるので、住宅ローン控除は適用できません。
特例を受けた場合の計算事例
ケーススタディとして、特例を受けた場合の計算事例を見ながら、どのくらい還付が受けられるのかを見てみましょう。
譲渡損失を計算する
仮に、7,500万円で購入したマンションを4,300万円で売却したとしましょう。また、売却したマンションの取得費用と譲渡費用が合わせて430万円だったとします。なお、計算をわかりやすくするために、減価償却費については考慮していません。譲渡損失は、以下の計算式で求められます。
譲渡損失=譲渡金額-(物件の購入金額+取得費および譲渡費用) |
したがって、4,300万円-(7,500万円+430万円)=▲3,630万円が、譲渡損失となります。
マイホームを買い換えた場合の譲渡損失の損益通算及び繰越控除の特例の適用
次に、売主の所得金額が1,000万円、源泉徴収税額が50万円であったと想定して、還付される金額を計算してみましょう。なお、所得金額および源泉徴収税額は売却した年から4年間変わらなかったものとします。
経過 | 計算式 | 還付 |
売却した年 | 1,000万円-3,630万円=▲2,630万円(翌年へ繰越される) | 所得税額の全額 |
1年目 | 1,000万円-2,630万円=▲1,630万円(翌年へ繰越される) | 所得税額の全額 |
2年目 | 1,000万円-1,630万円=▲630万円(翌年へ繰越される) | 所得税額の全額 |
3年目 | 1,000万円-630万円=▲370万円 | 控除後の所得で計算 |
ここまでで、3年分の所得税150万円が還付され、4年目の所得税は控除後の所得金額370万円を所得として計算することがわかります。
控除後の所得金額で所得税を計算する
所得税の計算順序は、以下の2段階です。
1.(所得-所得控除)※課税所得×税率-税額控除=所得税額 2.所得税額-源泉徴収税額等=確定申告時の納付額(還付税額) |
最初に課税所得を求めます。所得から損益通算や損失の繰越控除額を引き、さらに所得控除を引くと、課税所得金額が算出される仕組みです。ここでは、税額控除(扶養控除や保険料控除)を180万円として計算してみましょう。
370万円-180万円=190万円 |
課税される所得金額に応じて所得税率は異なり、計算には下記の国税庁の速算表を利用するのが便利です。
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
195万円以下 | 5% | 0円 |
195万円を超え、330万円以下 | 10% | 9万7,500円 |
330万円を超え、695万円以下 | 20% | 42万7,500円 |
695万円を超え、900万円以下 | 23% | 63万6,000円 |
900万円を超え、1,800万円以下 | 33% | 153万6,000円 |
1,800万円を超え、4,000万円以下 | 40% | 279万6,000円 |
4,000万円超 | 45% | 479万6,000円 |
したがって、この計算事例では、195万円以下の場合に該当し、税率は5%です。
190万円×0.05=9万5,000円 |
以上の計算から、4年目の所得税額は9万5,000円となりました。源泉徴収税額が50万円ですので、最終的に4年目の還付額は以下のように計算されます。
9万5,000円-50万円=▲40万5,000円 |
損益通算・繰越控除の特例により、4年目までに合計190万5,000円の還付が受けられることがわかりました。このように、税制面での非常に大きなメリットが受けられますので、利用しない手はありません。
不動産売却には税金がかかる!節税方法や支払い時期を分かりやすく解説!
特例を受ける場合に必要なこと
不動産売却によって所得を得た場合とは異なり、譲渡損失そのものは確定申告をする義務はありません。しかし、特例の適用のためには確定申告が必要です。
確定申告の実施時期
譲渡損失の繰越控除の特例を利用するには、マイホームの買換えの場合も、買換え目的ではない場合も、売却した翌年に確定申告する必要があります。また2年目以降に繰越控除を受ける場合も、損失申告用の確定申告書を税務署に提出しなければなりません。
e-Taxの利用も検討
インターネットに接続できる環境があれば、確定申告書作成コーナーを利用し、自宅のパソコンでも確定申告書や申告に必要な書類を作成することができます。また、e-Taxを使えば、申告書類データの送信まで行うことができるので便利です。もちろん郵送や税務署への持参でも構いません。
提出書類とは
譲渡損失の繰越控除のタイプにより、提出書類も若干異なります。
マイホームの買換えの場合の譲渡損失の損益通算および繰越控除の特例
必要書類は、下記になります。
基本の書類 | 確定申告書 居住用財産の譲渡損失の金額の明細書(確定申告書付表) 居住用財産の譲渡損失の損益通算及び繰越控除の対象となる金額の計算書 |
売却する不動産に関する書類 | 居住している、または居住していた家屋であることを示す書類 登記事項証明書や売買契約書の写しなど |
買換える不動産に関する書類 | 購入した年月日、家屋の床面積がわかるもの(登記事項証明書や売買契約書の写しなど) 年末における住宅借入金等の残高証明書 マイホームとして使用を開始する予定年月日とその他の事項を記載したもの(確定申告書の提出の日までに、買換えた住宅に住んでいない場合) |
特定居住用財産の譲渡損失の損益通算および繰越控除の特例
必要書類は、下記になります。
基本の書類 | 確定申告書 特定居住用財産の譲渡損失の金額の明細書(確定申告書付表) 特定居住用財産の譲渡損失の損益通算及び繰越控除の対象となる金額の計算書 |
売却する不動産に関する書類 | 登記事項証明書や売買契約書の写しなどで所有期間が5年を超えることを明らかにするもの 譲渡資産に係る住宅借入金等の残高証明書(売買契約日の前日のもの) |
売却損を発生させない工夫をする
売却損が発生した場合は税制面での優遇が受けられると言っても、損をすることには変わりありません。売却損を発生させない工夫をしましょう。
売却損の金額
一般社団法人不動産流通経営協会の2014年度調査によれば、売却損が発生した世帯は85.2%にのぼり、さらに1,000万円以上の高額な売却損が発生した世帯も、41.8%に達しました。また、売却損の平均額は、1,262万6,000円にも及びます。このように、不動産売却ではえてして損失が生じるものなのです。
複数社の見積もりでできるだけ高く売る
では、売却損を最小限にするためには、どのような対策を行えば良いのでしょうか。ひとつは、複数の不動産業者から見積もりを取ることにより、できるだけ高く売却することです。1社からの見積もりだけでは、実際の相場と乖離した金額を提示されても気づきにくく、交渉を有利に進めることもできません。
競争原理を活かし、複数社からの合い見積もりを取ることによって、できる限り買い取り額の譲歩を引き出すことができれば、売却損も最小限に抑えられるでしょう。複数社の見積もりを取る際には、個々に相談することもできますが、一括査定サイトの利用も検討の価値ありです。
不動産売却が得意な業者を見極める
それぞれの不動産業者には、売却対象の不動産により、得手不得手があるものです。一戸建てやマンション、土地など、扱う不動産物件に対する強みや、あるいは不動産が所在する地域での実績や信用力の差は、個々の不動産業者で異なります。
不動産の売却は高額な取引となるので、そういった不動産業者による力量の差は、売却金額を大きく左右します。あなたの大切な物件を少しでも高く売ってくれる営業力があり、地域でのネットワークが充実している不動産業者を選びましょう。
不動産売却で売却損が発生したら節税対策を考えよう
現在の市況では、不動産売却に際して売却益を出すのは難しいと言えます。とは言え、さまざまな事情があって大切な不動産を売却しなければならないことになった場合、売却損は税制面での優遇措置を利用して補填しましょう。
日頃から、税制度に対して関心をもつとともに、不動産売却のスキルが高く、制度面に明るい不動産業者を見つけることも重要です。親身になって相談に乗ってくれる優良な不動産業者を強力なパートナーとし、大切な財産を有効活用しましょう。