相続した実家の土地がたまたま土地改良区内の土地だった場合、相続人は農地として使用しなければいけないのでしょうか。一度も畑を耕したことがない人が農業をするのはとても大変です。かといってそのまま放っておけば毎年固定資産税を払わなければいけなくなります。
将来農業をする予定がないのであれば、誰かに譲るのが一番いいのでしょうが、果たして土地改良区という枠内に入っている土地は一般の宅地のように誰にでも売却ができるのでしょうか。ここでは、土地改良区の概要や農地を相続した場合の手続きと費用、売却する方法などを解説します。
土地改良区の事業と役割
土地改良区とは、農林水産省が1949年に制定された土地改良法に基づいて認可された農家の組合組織を指します。2001年の時点で全国に7000余りの改良区があり、広さで約300万ha、約430万人の組合員が加入しています。最近では、組織運営や施設管理などの合理化、農業人口の減少、農家の核家族化などにより小規模な土地改良区同士の合併が進み、改良区自体の数は年々減少傾向にあります。
しかし土地改良区の合併により一土地改良区当たりの土地が1,000ha以上の大規模な土地改良区が増えています。一見して、改良区の数が減るとそれだけ運営が成り立たなくなるように思えますが、国としては土地改良区団体の基盤強化を推進しているため、合併は国の政策に見合ったものとなっています。
土地改良区の主な事業内容
土地改良区は次のような事業を各土地改良区ごとに行っています。
- 農地整備(農業を効率よく運営しやすいように農地を開拓したり、農道工事や管理を定期的に行っています)
- 農業水利施設の建設および管理(各農地へ水資源を行き渡らせるように水路工事を行い、さらには農業用水用のダム建設などを行います)
地域活性化のための土地改良区事業
土地改良区が行う事業は農家のためだけに有効なだけではなく、農地や農道を整備することで農業以外の事業(住宅地や商店街、施設など)を誘致する地盤が整えられ、ダムは農業用水を確保するだけではなく河川上流にダムを建設することで河川の氾濫を防ぎ、ダム周辺を公園にすることで地域内外の人にとってレクリエーションの場になります。これらのことは地域の過疎化対策にもなります。
・農地や水路工事事業活動
・過疎化対策に土地改良区
土地改良区を所有するとかかる費用
土地改良区は、農業を行う農家が働きやすいように環境を整える工事や管理などを行いますので、改良区に属している地域の農家はすべて改良区の組合員となり、賦課金を支払わなければいけません。賦課金の額や徴収方法は、それぞれの土地改良区定款で定められています。
多くの団体では、入会金のように入会時期に徴収する経常賦課金と工事や管理を行うために資金として維持管理賦課金(数千円~2万円)を徴収しています。たとえ、相続した土地を農地として使用しなくても、しかもただの空き地の状態にしていても、農業区域にある土地はすべて農地とみなされ、必ず賦課金を支払うことになります。
また、市街地の中にある「市街地周辺農地」や「市街地農地」に指定されている土地もすべて「土地改良区」扱いになります。
登記手続に関する費用
書類・届 | 手数料 |
登記事項証明書 | 1,500円/件 |
住民票 | 500円前後/通 |
印鑑証明書 | 500円前後/通 |
土地に対する税金
税金 | 税額 |
登録免許税 | 固定資産税評価額の1.5% |
相続税 | 相続時に徴収 |
固定資産税 | 相続後の翌年から徴収(一括~4回分割/年) |
相続税納税猶予制度
農地の場合、条件によっては減税されたり免除されるものもあります。また、農地は住宅地よりはるかに土地が広いため税額が多額になります。農家を生業としていない人にとって使い道のない土地になってしまいますので、毎年税金を支払い続けることになります。
そのため相続税や固定資産税を払うために農地を手放す人も増えてきています。このように農業従事者が減少するのを防ぐために、国では「相続税納税猶予制度」という納税猶予または免除の特例を設けています。
「相続税納税猶予制度」は、今後も農地として使用することを前提として国税局長が決めた農業投資価格を超える部分に対する相続税分が猶予されるというものです。ちなみに、農業投資価格は10aあたり20万~90万円に設定されています。制度適用には申請が必要ですが、次のような条件が必要です。
- 相続人が死亡した場合
- 相続後20年間農地として使用してきた
- 被相続人が死亡日まで農業を営んできた
- 相続税の申告期限までに相続人が農業を開始する
- もし、被相続人が生存していても、農業を受け継ぐことを条件に、生前一括贈与(いわゆる生前贈与)をする
また、「相続税納税猶予制度」の申請には、以下の書類をそろえて管轄の税務署に提出します。
- 適格者証明書(農業委員会より取得)
- 特例適用農地等の明細書
- 農地の案内図
- 遺産分割協議書
- 戸籍謄本
- 継続届出書
・相続税納税猶予制度の利用
・農業人口減少に相続税猶予
土地改良区の土地相続の手続
たまたま譲り受けた土地が土地改良区だった場合、たとえ農業をしなくても賦課金を支払わなければいけません。ほとんどの農地の周辺には農道や農業用水が引かれていますので、その農地や水路を管理するための管理費として賦課金を徴収されます。
農業をしていない人にしてみれば、無駄にお金を徴収されている感もありますが、家の周辺を定期的に管理してもらえると考えれば賦課金が課せられても当然のことといえます。
土地改良区の手続き
土地改良区を相続した場合、宅地や商業地のような一般の土地譲渡と同様に相続登記を行います。相続登記は必ず行わなければいけない手続きです。相続登記には次のような書類が必要です。相続人が複数いる場合は、人数分用意しなければいけない書類もあります。
また、相続した土地の概要が記載された書類も必要になりますので、届け出の前には必ず相続人の間で協議を済ませておき、遺産分割協議書を用意します。提出は法務局窓口で行いますが、相続人が複数いる場合は、代表者1名で全員の分の届けをすることも可能です。その場合は、他の相続人の委任状を用意してください。
書類 | 解説 |
戸籍謄本 | 相続人各自が用意する |
住民票 | 相続人分 |
印鑑証明書 | 相続人分 |
登記簿謄本 | 1通、代表者が用意 |
固定資産税の評価証明書 | 1通、代表者が用意 |
被相続人の住民票除票 | 1通、代表者が用意 |
遺産分割協議書 | 1通、代表者が用意 |
委任状 | 代表者が一名で届け出をする場合、他の相続人が用意する |
このように、法務局への登記手続きは複雑で面倒なものです。そのため、司法書士に一括して依頼する人も多いようです。しかし、司法書士に依頼すると必要経費以外に手数料がかかりますので、依頼する時は事前に金額などの確認をしてください。
相続登記後の手続き
移転登記を行った後に、農業委員会への届出も必要です。農業委員会へは相続後10か月以内に行うことが義務付けられています。また、農業委員会への届出の際に相続登記を済ませた証明となる登記事項証明書の提出も義務付けられていますので、移転登記を済ませてからでなければ農業委員会へは届けられません。
このことから相続登記はできるだけ早めに済ませることが必要です。先延ばしにして10か月を過ぎてしまった場合、最高10万円の罰金を課せられてしまいます。農業委員会へ相続届けをすることで土地改良区の加入したことになり、同時に賦課金が徴収されます。
・司法書士への依頼は要確認
・農業委員会は10か月以内
土地改良区内の農地を自由に売却することは可能か
たまたま相続した土地が農地だった場合、農家をしていない人や農業をしたことがない人にとって農地を管理するのはとても大変なことです。しかも、ただ空き地として所有していても毎年固定資産税は支払わなければいけないので、経済的な負担が大きくなるだけで何の得にもなりません。
将来農業をする予定がないのであれば、売却するのが賢明な方法だといえるのではないでしょうか。しかし、土地改良区域内にある土地は誰でも自由に売却ができるものなのでしょうか。
手続きが面倒でハードルが高い
国の定めた農地法により、農地は原則として農地として売買ですることは可能です。売却する際には農地として売るのであれば手続きは比較的簡単なのですが、その代わり売却する相手が必ずその土地で農業を営むことが前提条件となります。
さらに、売却先に対してはより厳しい条件が必要になります。たとえば、農地を耕作するにふさわしい農耕器具がそろっているか、農地に見合う農業従事者数は確保されているか、農業を事業として運営していくに相応しい農業技術を持ち合わせているかなども大切な必要条件として審査されます。
そのため、売る側も、買う相手は誰でもいいわけではなく、農業を続けていける「農業人として適格な」人材を責任を持って選ばなければいけません。
売却するためには許可申請が必要
農地はそのまま農地として売却する場合にも、自分勝手に売買取引をすることができません。取引をする前には必ず農業委員会へ売却許可の申請を行うのが義務になっています。農地の情報はすでに各土地改良区団体に届けられていますので、もし無断で売買取引はできません。
しかも、許可申請手続の際には売却先の詳しい情報も同時に報告しなければいけませんので、きちんと売却先を決めてから(正式な契約書は必要ありませんが、取引を証明する信ぴょう性のある書類が必要です)申請することになります。売却先を曖昧にした状態で売却許可を先に取得することはできません。
農地のままか転用かにもよる
土地の売却は土地がどのように使われるかによっても手続きや費用が変わります。農地のままで売却する際には、買主側の農業知識や技術の有無が売却条件になりますので、農業関係者に限定されます。もし、買主側が農地以外に使用するのでしたら「転用」手続が必要になります。
それと同時に、整地工事をしなければいけません。整地をしてから売却することになります。もし、農地の場合、土地が広いので複数の相続者により「転用」する人も出てくることも考えられます。この場合は、相続登記をし終わってから相続人ごとに手続きをすることになります。
・売る前に許可申請が必要
・農地か転用の選択も必要
土地改良区の土地を売却するには
土地改良区内にある土地を売却するにはどのような手続きが必要になるのでしょうか。ここでは農地のまま売却する場合と他の用途に転用する場合に分けて解説します。
農地のまま売却する場合
売却先探す
売却先と取り付け
売却許可申請
所有権仮登記
許可証交付
正式契約
正式移転登記
農地のまま売却する場合は、農業委員会に売却許可を申請しなければいけません。しかも、売却の許可を申請する前に売却先を選び契約を取り付けておく必要があります。
農業委員会も、売却先が引き続き農業を営む意思があるかどうかを確認しなければいけませんし、農業をしないのであれば許可は出せません。農業以外で使用するのであれば「転用」扱いとなります。許可申請の段階で「農地として使用する」か「農業以外に使用する」かを決めなければいけません。
転用する場合
農地として売却すると地域によっては買い手が付かない場合もあります。いつまでも買い手が付かないと、税金を支払い続けることになってしまいます。できるだけすぐに売却したい場合や農業をする予定がない場合は、他の用途に転用して売却することもできます。
この場合も農業委員会に売却許可の申請が必要です。さらに、売却先がその土地をどのように使用し、何を建てるかなど具体的な内容も詳しく報告しなければいけません。このような使用内容や買い手側自身に何らかの問題があると売却許可自体下りない場合もあります。ちなみに、農地で使用するしないに関わらず、許可が下りない買い手側の条件として次のような点が挙げられます。
- 個人所有にしない(転売やまた貸ししない、企業の所有地にしない)
- 土地を買う資金力がない
- 農地法違反にあたる
- 具体的な使用方法が明記されていない(使用方法が曖昧になっている)
- 転用することで周辺の水路や農地、農道に影響を及ぼす恐れがある(あくまでも、農業地域のため農業優先)
しかし、現在農地として使用してきた土地でも以前は住宅地だったということもあります。その場合は、許可が比較的簡単に下りる可能性が高くなります。そのためにも届けを出す前に登記簿で確認することをおススメします。登記簿が手元にない場合は法務局で調べることができます。
・転用は手続を面倒にする
・買主側の情報も報告の義務
土地改良区の土地売却はとても複雑
土地改良区内にある土地の売却は審査が厳しく、かつ手続きも複雑です。さらに別の用途として「転用」する場合はさらに面倒な手続きが必要になります。土地の種類や取得した方法(相続や売買)などによっても手続きや費用が変わりますので、それぞれの方法や費用を事前に調べてから相続売却の手続きに入った方がいいでしょう。
中には、期限が決められているものもありますので、時間ばかり費やしているといつの間にか期限が過ぎてしまい、最初からの手続きが必要になったり中には罰金が科せられたりします。できるだけ計画的に進めていくことをおススメします。